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0話 或る魔術師の記録(2/4)


互いに合意も取れたので、
魔術師は遺跡の中へ足を踏み入れた。

魔術師

…………。

森は鬱蒼として陽の光を拒み、
じめっとした寒さを覚えていたが、
それとも違った、
凛として澄んだ冷たさを感じる。

地続きであるはずだが、
外と中とで別の空間を行き来しているような心地を覚えた。

魔術師

(初手で矢が飛ぶなり、床に穴が空くなりを想定してたが…それはなしか。)

内部の魔力を探っても、
それに類いする驚異は感じない。

魔術で光球を顕して確保すれば、
さほど広くない空間一帯を照らし出す。
中でも入り口正面の台座に在る、
人一人収まりそうな棺が目を惹いた。

それ以外は朽ちかけた調度品やらが散乱する程度で、
他にめぼしいものはなさそうだった。

次期領主

どうだい、中は。
罠に苦戦してるようには見えないが。

魔術師

ひとまず差し迫った危険はなさそうですね。
俺が見た限りでは。ですが。
あるのは手がつけられてなさそうな棺くらい―――

次期領主

なんだって!?

魔術師

あ?

中が安全だとわかるや否や、
依頼主は持っていた松明を放って
ずかずかと棺の前まで歩いて行く。

警戒心などで多少は逡巡しそうなものだが、
次期領主様は迷いなく蓋に手をかけ、
開こうとしていた。

魔術師

ばっ…、いきなりそれ開ける奴があるか!

次期領主

なっ!?

依頼主を掴み、棺から乱暴に引っ剥がす。

無警戒だった相手は尻もちをついて倒れ、
こちらを見上げて睨みつけた。

次期領主

この…、何をする!?
お前の役目は調査までで…
宝物ほうもつは、この土地の次期領主である僕のものだぞ!?

魔術師

棺はまだ調べてねーし、一番危ねぇ箇所だろうが! 下手したら触った時点でやられてた

棺へと視線を戻せば、
蓋がわずかに開いてしまっている。

改めて脅威の有無を探るために、
中を改めようとした―――

魔術師

は?

棺を覗き込んだだけのはずだった。

気づいたときには、
棺の蓋は独りでに開かれていた。

手を引かれるように身体は勝手に前のめって、
底の見えない、からの中身へと引き込まれている。

依頼人の声が遠ざかるのを
他人事のように感じながら、
闇は魔術師を呑み込んでいった。