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10話 澱める風(2/--)
<北の洞窟 水源の間>
…………。
路を抜け切る前に、
足元にある手ごろな石を拾い、
空間に向かって放り投げる。
無造作に石が跳ねて、
コロコロと音が反響する。
手に持った松明で照らせる範囲を見やりつつ
一行は暫く耳をすまていたが、
特に変化はなかった。
うーん…。
どうしましょうか
えるふの野性の勘はどうなんすか?
気のせいなら気のせいでいいんすよ
ん~~、気配はするんだけどなぁ
手をこまねいていても埒が明かねぇ。
一回出るぞ
言葉を皮切りにして、
魔術師を先頭にぞろぞろと空間に出る。
水源がある場所と聞いていたため
勝手に狭い空間を想像していたが、
背筋を伸ばして歩き、
灯りで一帯を照らしきれない程度の
広さがあるようだ。
壁に手を伝わせて前方を歩いていると、
杭と縄で作られた簡易の柵が視界に入った。
…で、このくぼみが水源だったっぽい箇所か。
確かに水は出てないな。
それはそれで妙ですよね。
徐々にならともかく…水源が途端に完全に枯れてしまうことってあるのでしょうか?
何かいそうなの、 こっちの方角だと思ったのにな~
俺も今のところ妙な魔力を感じないな。
(が……)
(ここに来るまで一本道だったが、遺体を見なかった。
あるなら、ここの可能性が高いが……)
ヤブはどう思う―――
ヤブ?
言葉が戻って来ず、
不審に思って振り返る。
そこにヤブの姿はない。
ど、どうして?
さっきまで後ろに
(…………。)
逃げた…ってのも流石にないよな。
いくらアイツは逃亡が十八番でも、その可能性を頭の片隅に置いてる俺たちが
足音や気配に気づかないわけ―――
わっ!!
わ!?
どうしました、えるふさん
あっぶなかった~、
二人とも、上見て、上!!
上……?
!!
何か得体知れないの影の塊が、
えるふの頭上から離れながら
上昇していくのが見えた。
それを追うように
光源をできるだけ高く掲げる。
天井をわずかに明らかにした灯りは、一帯に張り付く巨大な輪郭を捉える。
そこには半透明の塊がぬらぬらと光沢を返して
存在を示していた。
対象を取り込む不定形の異形――あれは…、"スライム" か!!
そんな…、ヤブさんはアレの中に…?!
でも、あんな高いところにいたら手が出せませんよ!
魔術師のまほーで ばーんとやれないの?
できない。
なんで?
水源が枯れたことも考えたら、あのスライムはほとんど水で出来てる。
雷を撃てば通りはいいだろうが、そうしたらヤブも無事じゃ済まない
じゃあ、風でコッパみじん切りとか!
スライムがいるのはわかっても、ヤブがどこにいるかまでは視えないだろ!
!!
!!
…………っ、
…それにスライムは、核を破壊しないと有効打にならないはずだ。
頼みの綱が魔術な以上…、無駄撃ちは避けたい
むー、万事休すですなー
…………。
えるふは普段通りの様子だが、
言葉通りの事実が沈黙となって、
重く一向にのしかかる。
脅威に身構えながら、
魔術師は苦々しく上方を見据えた。
(考えろ―――)
(こうしてる間にもヤブの生存率は下がるだけだ。
火でもぶつけて体積を減らしてみるか?
いやそれじゃ不確実だし時間がかかりすぎる)
(そもそも何でヤブが最初に狙われたんだ? 今 えるふを狙ってたところを見る限り、 魔力量に反応してそうなもん―――)
(……そうか)
ミオラ、剣 片方借りるぞ
! 何か策が浮かんだんですか
あぁ。
でも成功率はそんな高くねぇと思う
だから、俺もしくじったら…お前ら二人できっちり逃げろよ。
? それってどういう――
…………。
自らの得物である杖を傍らに置き、
空いた利き手でミオラの剣を握る。
それから刃を自らの左手に突き立てた。
!!
なっ…!? 一体何して
悪ぃが説明してる暇はない。
問答している間にも
魔術師の傷口から血が滴り落ちる。
鮮血に誘われるようにして、
スライムは頭上まで肉薄していた。
それを理解していたかのように、
魔術師は目を閉じてその場から動かない。
ゲル状の塊は、頭の天辺から
徐々に身体を呑み込んでいく―――
そんな…、魔術師さん!
ちょ、危ないよミオラ!
あ……!
えるふがミオラを制止している間に、
獲物を捕らえたスライムは再び
天井へと昇り、戻っていく。
魔術師の姿は、
闇の大口の中へと沈んでいった。