- 0話 或る魔術師
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0話 或る魔術師の記録(4/4)
…………。
(魔術師が棺に空いていた穴に落ちてから、しばらく経った…。
あいつは死んでしまったのだろうか)
棺の前で腕を組み、
閉ざされた蓋をじっと見つめたまま
次期領主は立っていた。
件の棺は魔術師を引き込んでから
沈黙したままである。
意思を持ったかのようなそれが、
自分にも危害を及ぼすかと思うと
気が気ではない。
(かと言って…、僕一人じゃ
御者が通るまで帰れない。
道がわからないからな!)
全く、これなら従者の一人でも
連れるべきだったか―――
!!
ぼやいていたところに、
見計らったかのようなタイミングで
棺の蓋が開き始める。
*身構えて観察していると、 下方から少しずつ魔術師が姿を現した。*
お前…生きていたのか!
なんだ、あんたまだ居たのか
よく戻ってこられたものだ。
棺が閉まってからは、そちらの様子が全く伺えない程度には音も届かなかったのでね。
これは…戻るための昇降タイルが
あったんだよ。
関係者がうっかり落ちたときの
事故防止策ってところだろ。
だから口の利き方が…まぁいい。
奇妙な罠から生還したんだ、財宝でもなんでも…なにか収穫はあったのかな?
見りゃわかるだろ。
手ぶらなんだからそういうことだ。
なんだって!?
既に荒らされた後だということか?
落ちた場所も、ただの罠だった。
発見になりそうな石碑も、金になりそうな物もなんもナシ。
悪趣味な遺跡を引いて残念だったな。
…次期領主のこの僕を、コケにするのも大概にしてほしいね。 ただの罠なら、僕が近づいた時に棺が動いてもおかしくない。
手柄を一人で持ち去るつもりなら、こちらも見過ごすわけにはいかないが。
…………。
…面倒だな。
何だと?
大人しく言いくるめられてりゃよかったのに、なんで肝心なところで鋭いんだっての
!!
先程まで何も持たなかった魔術師の手に、
黒い本が在る。
何かを取り出した素振りはなかったはずだ。
依頼主の男はヒヤリとした。
ぼ、僕を脅す気か! やはり宝を独り占めしようと―――
まさか。
あんただって長生きしたいだろ。
―――!
足元の影が動いた気がした。
次の瞬間には、地面から頭上に影が伸び、
球体を成して次期領主を覆っていた。
術中に嵌まったと理解した男は、
半透明の影の向こうにいる
魔術師を睨みつけることしかできなかった。
低俗な…、神経魔術師風情が……!
覚えてい
ろ―――
口上の途中で、
男はぷつりと意識を失って倒れ伏した。
…………。
男を覆っていた影は役目を終え、
開かれた本の頁に伸びていく。
それらがすべて収まると、
魔術師は本を閉じた。
これでこの遺跡の仕掛けのことは忘れるだろ。
その方が身のためだ。
…神経魔術師に関わることなら尚更な。
次はうまくやって、次期領主サマを目指せよ。
あるところに、『魔術師』がいた。
名を尋ねても決して明かさず、
ただ魔術師としての役割を果たした。
そして契約を終えて一夜を超えれば、
その魔術師を覚えている者はいなかった。
再び旅路に戻る者は、
仄かな記憶の空白に首を傾げ、行きずりの相手に体験を語る。
不可思議な体験は、
影を落とし始めた世情と重なり、いつしか不穏な噂となって流れ始めた。
「神経魔術師には気をつけろ。」