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7話 壊れ、移ろう(5/6)


<ニィーギ平原 クルムラド近郊>

ヤブ

天高く蒼く澄み渡り、視界の限りに広がる空。頬を撫でる心地よい風。
そんな穏やかな平原のど真ん中にただ一人、俺はぽつんと立っている…。

ヤブ

あれあれぇ~?
俺たちみんなで シャドウを倒すって決めたんじゃなかったでしたっけ!?  まさかストリィさんの言っていた「ヤブ置き去り案」が、本当に採用されてしまうなんて――

ヤブ

嗚呼、やはり俺のしたことは罪深かった…!
魔術師さんたちに見放されても仕方ない

ヤブ

野外活動もできる! 腕のいいイケてるヒーラーの命が失われるのは、この世界の損失っすけど…。
慈悲深い大精霊なら、俺を再び生命の輪に加えて――

ストリィ

うるっさいわねぇ! 日が昇りきるまで黙ってらんないワケ!?
そこまで言うならほんとに帰っていいんだけど?

ヤブ

いやー、すみません!
おたくの言う決戦の時が近づいたら もー緊張しちゃって

ストリィ

ほんとによく回る舌ね…。
アンタたちコイツの相手してて疲れないわけ?

魔術師

もう慣れた。

ミオラ

ヤブさんが怖気づいてなさそうで安心しました!

ストリィ

アンタらいいパーティーよ、全く……。

ストリィは呆れながら、
複数備えた聖水瓶の一つを手に取る。

そろそろ時間だと言いたげに、
一番近いヤブを一瞥してから
離れた場所にいる魔術師とミオラへ
ぷらぷらと口先から瓶を振って見せた。

ストリィ

それじゃあ、そろそろ時間よ野郎共。
一応アタシも銃を構えておくけど…あくまで聖水の足止めが主だからね。

魔術師

元よりそのつもりだ。

ストリィ

…そういやアンタはデカいコート着たままだけど…聖水がかかるってわかってて着てんのよね?

ヤブ

ご心配なく。
むしろ聖水なんて高価なシミができるほうが、 長年付き合ってる相棒にも箔がつくってもんすよ。

ストリィ

そ。それならこっちも思い切って水を浴びせられるわね。

ミオラ

魔術師さん

魔術師

ミオラ

どんな脅威が迫っても、私が絶対に守りますから!
心置きなく術に集中しちゃってください!

魔術師

…あぁ。 頼りにしてる

聖水をかけた抜き身の刃を掲げ、
意気揚々と宣言するミオラから視線を外す。

ストリィがヤブを見据え、
瓶を構えるのを見ると
魔術師は呪文を唱え始めた。

魔術師

(ストリィがシャドウを炙り出して、俺が術で狙い撃つ。
それで終わりだ。何の問題もない)

ヤブ

わぷっ

ミオラ

!!

ストリィの放った聖水が
ヤブの影を覆って放たれる。

シャドウ

すると輪郭の一部が激しく、
もんどりうつように独りでに動いた。

魔術師

(目論見通り影の面積は小さい。
あの波を穿てば――)

魔術師

――痛ッ…!!

ヤブ

術を放とうとした瞬間、
傷口に重く痛みが奔る。

杖の先で定めていた狙いはわずかに逸れ、
放たれた稲妻はシャドウをかすって地へ姿を消した。

魔術師

(しまった、外した――!!)

ヤブ

ちょ、マジっすか!?

ストリィ

動かないでヤブ!
また聖水で動きを止め――

ストリィ

!?

シャドウ

ヤブの影から目標の『シャドウ』が自ら分離したかと思えば、
日の光に晒されながら 一目散に魔術師へと向かっていく――

ストリィ

(ウソでしょ?! シャドウがこんな日の下で隠れ蓑から出るなんて)

魔術師

(あの速さじゃ無詠唱でも間に合わねぇ――)

ミオラ

させない!

魔術師

!!

ミオラが両者の間に割って入り、
振りかざされた黒の刃を
刃に聖水をまとった得物で受け止める。

続く一撃、二撃を見極めて弾きながら
背後の魔術師に向けて口を開く。

ミオラ

魔術師さん、今のうちに体勢を!

魔術師

クソッ、

走って幾らか距離をとると、
剣戟を繰り広げているシャドウとミオラを視界に入れながら
魔術師は再び術を構築し始める。

魔術師

(落ち着け、アイツの狙いはおそらく俺だ
ミオラに攻撃は いかないはず)

魔術師

(次で決めるつもりでやれ、 何があっても集中を切らすな――)

ミオラ

あっ!

不意にミオラが手にしていた剣が弾かれ、
同時に右腕へ紅い一文字が浮かび上がる。

ミオラ

(まずい、このまま追撃を喰らうわけには)

ミオラ

え?

自身に向けられる
攻撃を躱すことに全神経を働かせる。
だがその予想は外れ、
シャドウは再び魔術師に肉薄していく。

魔術師

当の魔術師は術を構築することに集中し、
目を閉じたままその場を動こうとしない。

ミオラ

魔術師さん!

シャドウ

風のような速さで刃が魔術師に迫ったが、
眼前でつんのめって動きが止まる。

ミオラ

何が起きたかと視線を移すと、
銀の針と銀の弾丸が楔となって、
シャドウを縫い止めていた。

魔術師

自ら本体を晒したのは迂闊だったな!

弱点が動きを止めているのなら、
迷うことはない。

突き立てていた杖を持ち上げ、
再び地面へと突き刺す。

それを起点に頭上から轟くよりも速く、
晴天の霹靂が地面ごとシャドウを穿った―――

ストリィ

…………。

ストリィ

…やったみたいね。

閃光から逃れていた目をおずおずと開く。

そこにはもう黒の異形の"かげ"も形も、
文字通りなくなっていた。