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10話 澱める風(4/--)
しくじった―――
不注意で怪我を負ったのも、
今こうして呼吸ができずにいるのも、
あの吸血鬼がいるかもしれないという
期待を捨てきれずに、
心のどこかで浮ついていたのかもしれない。
それでどうする?
条件はそろっている。
あの術を使うのか?
この暗がりなら、
仲間にも何が起きたか知られることはないだろう。
もっとも、それまで自分の意識が保てるかは、
怪しいところだが―――
***
(…………。)
スライムに呑まれてから、
魔術師は成り行きに任せて身を預けていた。
ふと、上方へ引き上げられていた
感覚がなくなる。
どうやら奴本体が居座っている
天井までたどり着いたらしい。
生温いゲルがピリピリと肌を灼く。
(ヤブがどこにいるかまでは…流石にわかんねぇな―――)
(―――ッッ!!)
切り傷を負った左腕へ、
出血を促すように、
ぎりぎりと重い圧迫感が襲い掛かる。
予想外の攻撃に魔術師は堪らず、
幾らか酸素を吐き出してしまった。
(グッ…、ただ時間をかけて溶かすだけじゃねぇのかよ ずいぶんと飢えてるみたいだな)
(元より賭けだ、やることだけを考えろ―――)
すべての個体には経絡が備わっている。
そこに生命が宿っている。
その経絡を司るものが、その存在の「神」である。
(そして俺は…「神経魔術師」だ)
切り傷から染み出した鮮血は、
一定の方角に向かってゲルの中を揺蕩っていく。
血に溶けた自身の魔力を導に、
スライムの核の在処を探る―――
(自らの経絡に流れる己の一部を削り、
対象の経絡を乱し、掌握する)
呼吸のできない息苦しさと、
肉体を圧迫しながら侵蝕してくる
質量に意識が飛びそうになる。
頭の中で口上を唱え、
意識を手繰り寄せ、繋ぎ止める―――
やがて血液は流動を止めて、停滞した。
(この場の「神」は俺だ!!)
自らの命がまだ続いていることを
対象に示すように、利き手を強く握る。
血が一つに凝集する。
それはたちまち
放射状に棘を突き出した紅い針玉となって
そのままスライムの核を穿った。
!! ミオラ見て!
あれは…!
上方から下方から、ゆったりとしつつも
着実にミオラたちに向けて
魔の手を伸ばしていた
スライムが動きをぴたりと止めた。
回避をやめて、えるふに言われるまま
天を仰ぎ見る。
心臓部を損傷したゲルの塊は
天井に張り付いた黒い輪郭を
ぶよぶよと収縮させて のたうち回っている。
やがて完全に制御を失ったそれは液状となり、
取り込んだ亡骸や魔術師たちを伴って、
天井から降り注いだ。
魔術師さん!!
ミオラはその光景の中から
人型を保ったシルエットを捉える。
松明を放って下方まで駆け抜けていくと、
魔術師を横抱きに受け止めた。
ゲホッ!!
よかった、無事なんですね…!
ッはぁ、これが無事に見えんのか―――
…………。
(暗いから何も視えないな。)
?? これ今どういう状況だ
ひゃ!?
ちょっ…、暴れないでください!
あでッ!?
身体を起こそうとした弾みで
魔術師はミオラの腕から地面に転げ落ちた。
あ"~~~
(なるほど、状況から察するに落下したとこをミオラに受け止められてたのか
惜しいことしたな―――
――じゃない!!
ヤブは無事か?!
(じゃない?!)
はっ…そうでした!
えるふさん、ヤブさんは!?
ちゃんとキャッチしたよ!
でも魔術師みたいに元気じゃなさそー
ぜんぜん動かないもん
……!
魔術で灯りを確保し、
声のする方向へ向かう。
ミオラも魔術師の後に続く。
やがて光源は
こちらへ振り向いているえるふと
横向きに倒れて動かないヤブの姿を
暗闇の中から照らし出した。
水は吐いてましたか?
まだ!
流石におなかパンチしたらしんじゃうかな~って
なんでそんな攻撃的なんだよ…
魔術師は灯を宙に留めておくと、
横たわったままのヤブの胸元へ手をかざす。
そこから微弱な電気を発生させ、
そのまま強く押し込んだ。
ンゴホッ、ゲホっ!!
ヤブさん!
よかった…
…っはぁ、ぁ~~~~~……、
…あれ? 俺…生きてます?
一体何が起こって……女子たちがずぶ濡れなのは眼福っすけど
また気を失いたいんですか?
お前は…スライムに不意を突かれたんだよ。
ああなる前に仕留められればよかったが、まぁ…生きてるだけ上等だろ。
スライムかぁ~。道理で肌がピリぬるして…ってか、今ってそんなのも魔獣で湧いちゃってるんすね。
冒険者なんてやってたら命いくらあっても足りないんじゃ
だね~。
ざっと見ても、えるふたち以外骨しかないし!
…………。
まぁ…、とにかく帰るか。
風邪ひきたくねーし。
そうですね、みなさんお疲れでしょうし…細かい調査は後日で。
戻りの護衛は任せてください!