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9話 それぞれの矜持(5/--)


<激熱の赤髭亭 店先>

ヤブ

いやー、魔術師さんもなかなかやり手っすね~

魔術師

? 何がだよ

ヤブ

ライノの言いくるm…依頼説明っすよ。
あの条件なら適当にその辺ぶらついて帰っても、無条件で個室の一角を頂けるじゃないっすか

ミオラ

ちょっ…、何言ってるんですか!?
ちゃんと農村に行って最善を尽くすんですよ!
そうですよね、魔術師さん!?

魔術師

まぁ、当然やれることはやるが…ダメな時はダメだからな。
そん時の保険を打っただけ―――

えるふ

てい!

ヤブ

うげッ!?

魔術師

!?

ミオラ

えっ、えるふさん!?

えるふ

ライノのお願い、すっぽかすのー?
えるふおこるよ!

どこからともなく ひらりと姿を現したえるふが、
ヤブの後方から両腕を使って首を絞めている。

ヤブ

し…っ、死ぬしぬ!!

間延びした喋り方は相変わらずだが、
エルフの腕をべしべし叩く
ヤブの顔色を見る限りやり手のようだ。

意識が落ちた男一人を背負っていくのは面倒である。

どうどうとえるふに向かって
手をかざしながら説得を試みる。

魔術師

誤解だえるふ、すっぽかさねぇから!
それを見張るためにも あんたがついてくるんだろ?

ミオラ

大丈夫ですよ、えるふさん!
もしものときは私がヤブさんを捕まえるので!
ヤブさんを締め落とすのは、実際に妙な動きしてからでお願いできますか?!

えるふ

ん~~……。
そこまでいうならー…、わかった!

ヤブ

ぷはぁッ!

ミオラ

それにしても…見事な身のこなしですね、えるふさん!
人の動きは勉強になることが多いので…、えるふさんとご一緒できて嬉しいです!

えるふ

おぉ~? ボクほめられてる?
ぜんえーはまかせてくれていいよ~!

ヤブ

女性陣の切り替え早っ……ってか、とんだじゃじゃ馬っすねこのコ!?

魔術師

口は禍の元なだけだろ……

***

<??? とある洞窟>

<軽装の男>
助かります、騎士様。
村民私たちだけではここに来るのも難しくて…

<鎧に身を包む男>
構わないさ。これが任務だからな。

<軽装の男>
ご厚意痛み入ります。
この空間に、水源の泉があるはずなので……

<軽装の男>
…………!!

青年は手に持った灯石ともしいしの光源を頼りに、
目的の泉まで歩みを進める。

ところが、滾々と水を貼っていた窪みには、
滑らかな岩肌が露出しているだけになっていた。

<軽装の男>
そんな……、泉が枯れてる!?
だから畑に水が来なくなったのか…。

<軽装の男>
騎士様、先にこの事を村の皆に伝えてもらってよろしいですか?
私は少しここを調べ―――

<軽装の男>
―――あれ?

背後にいる騎士へ言葉を伝えるべく、後ろを振り向く。
しかし、そこに騎士の姿はなかった。

同様に灯石ともしいしを持って調査にきていたはずの人影はなく、
闇が眼前に佇んでいる……。

<軽装の男>
騎士様…、いらっしゃらないのですか…!?

<軽装の男>
(もしや置いて行かれた?
それなら足音や板金の音が耳に届くはず……。
だが、何の物音もしなかった……)

考えを巡らせている間にも、騎士の応えはないままだ。

正体のわからない脅威が身近に迫っているかもしれない。
いや、迫っているのだろう。

危機を自覚する。

一気に膨れ上がった恐怖が今にも張り裂けそうになる。

一刻も早く、ここから離れなくては―――

<軽装の男>
(頼む、見逃してくれ…!!)

灯石ともしいしを握り締め、元来た方角に向かって地面を蹴る。

なぜ自分ではなく、騎士が先に姿を消したのか?
そうした考察に気を割く余裕はなかった。

ただひたすら祈りながら、
無事に元の日常に戻る己の姿を
薄っすらと脳裏に浮かべながら、
一歩踏み出すごとになけなしの力を込めていく―――

だが、調査に向かった青年二名が、
村に戻ることはなかった。