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6話 影の支配者(3/6)
<貪欲の小枝亭 一室>
……。
(今日も黒の書がなんなのかの進展はナシ、か。)
ナイトテーブルに向かい、
書物に記された文字を追うのを止める。
ふと姿勢を軽く正し、
解読をやめて本を閉じる。
その装丁が目に入ると、
嫌でもかつての記憶が
血生ぐさい鉄臭さとともに想起される。
魔術師は眉をひそめた。
(…この本は、『学院』の連中が忽然と消えた代わりに、 血溜まりと共に現れた。)
その中から掬い上げる時でも、
自らの手脚は赤黒く塗れたというのに、
この本は、わずかな土埃もつかなかった。
そして今なお、一切のムラのない黒と
均整な白の文様を誇示し続けている。
(あのゴースト姉弟が、どれくらいの期間を経て
屋敷に居た人間を喰っていったのかは知らねーが…。
そそのかした奴は、この本を作った奴と同族なのかね)
同族であろうとなかろうと、
碌な手合ではないことに変わりはないだろう。
そんな連中が、近頃
幅を利かせ始めている可能性を思うと、
自然と嘆息がこぼれた。
(蛇の道は蛇というが、 どうせ俺の居た『学院』も―――)
碌なところではなかったのだろう。
物思いに耽ると同時に、
戸を叩く音が魔術師の耳に届いたのだった。
***
…というわけで、魔術師さんのお部屋にお邪魔したいんですが。
………………。
戸を開けたまま、
廊下に立つ二人から話を聞き終える。
呆れながら頭をかいた。
怖くてひとりじゃ寝れません…って、
んな理由で、俺のところに来るわけか あんた等
はい
はい
つーか…儲けたからのんびりするっつって、それぞれ個室取ったのヤブだろ! これなら同室で良かったじゃねーか
いや普通に今日 二人部屋空いてなかったんすよ
ミオラも怖い以前の話だろ。
野郎二人いる閉所空間だぞ
魔術師さんがいるから大丈夫です!
…ったく
俺はどうせ机で寝落ちるだろうし、 静かにしてるんなら勝手にしろ。
やった~
ありがとうございます!
夜分にいつまでも部屋の外で騒いでいたら
他の客に迷惑になる。
出禁になっては かなわないと、
二人が部屋に入れるよう脇に退いた。
じゃあ早速、ベッドはどう使いましょーか。 怖がり同士一緒に寝るでも俺は一向にウェルカムっすけど
謹んでお断りします。
つれないな~
(ミオラもヤブの扱いに慣れてきたな―――)
…………?
二人が入室していく姿を
なんとなしに眺めていたが、
何処か違和感を感じた。
(今 何か…、『影』が動いたような…。)
明かりが揺らいだだけかもしれない。
気の所為だと判断し、
扉を閉めた後
無造作に腹部に触れる。
すると、手に濡れた感触が伝わった。
(?
俺 そんな汗かいてたか―――)
集中も度が過ぎると
自身の感覚に気がいかないことは ままあるが、
特段暑くもなかったはずだ。
訝しんで視線を落とす。
押さえた手の布地一帯は、
赤く染まっていた
は?
え?
腹部から滲み出ているこれは、己の血だ。
真新しい鮮やかな血が、
べっとりと手の平を濡らしている。
なぜ自分の肉体が
この様な状態になっているのか、
まったく覚えがない。
因果が結びつかない。
出血―― それも尋常じゃない量を
流しているとわかった途端、
異常を伝えるかのように
痛みが奔り、視界が回る。
(どういうことだ、怪しい魔力は、何も、)
まともに立っていられず、
壁にずるずると背を預けながら
血の跡を残して床に崩れていく。
その姿を、ヤブは整然と見下ろしていた。
よかった~、間に合ったっすね
!?
うわ、"影"が魔術師さんに集まって――お腹空かせてたんすかね。 どっちに狙いが行くかは賭けだったっすけど、
わけがわからないと言う視線を意に介さず、
ヤブは一人でに言葉を発し続ける。
あの人の事だから、絶対口封じを仕掛けてるってのはわかってたんすよ。
まぁわかったところで、俺に何か手立てがあるかと言ったら何もないわけで。
ミオラちゃんを手土産にすれば交渉できるんじゃないかって思ったんすけど、
それもできなかったんで―――
おもむろに魔術師の前にしゃがみ、
顔を覗き込んだ。
俺のこと、助けてもらえません?
そしたら魔術師さんのこと、助けてあげますから。