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8話 邂逅(2/--)


<貪欲の小枝亭 一室>

魔術師

まさか噂の吸血鬼サンが、あんなマイペースなヤツなんてな。
わかりやすく高圧的な方がまだ楽だ。

部屋についてミオラを椅子に座らせ、
自身は対面の壁に寄りかかりながらぼやく。

影に襲撃された時と同じ宿なこともあり、
似た構造の部屋が視界に満ちると
傷が鈍く痛んだ気がした。

ミオラ

あの、お気遣いありがとうございます…!
えっと……

ミオラ

私…そんなにわかりやすかったですか?

魔術師

俺が気付くくらいなら、あの吸血鬼以外は気付いてると思うぜ。
それを抜きに静かだったしな。

ミオラ

そうですか…。

魔術師

…………。

ミオラ

…………。

魔術師

ヤブがヒソゥの遭難の犯人だったことが堪えてるのか。

ミオラ

それも、あるかもですけど…。
こちらに来てからいろんなことが、その、たくさん起きたので……。

魔術師

…まぁ、そうだよな。

ヒソゥの森でのヤブによる人為的遭難から、
ベヒモス、ゴースト、そして吸血鬼。

集落を発ってから月日も浅い内に、
「世間知らず」であること以上に
未曽有の事態に遭遇し続けているのだ。

何もかもが知らないことだらけでは、
消耗するのも想像に難くなかった。

ミオラ

そういう魔術師さんも、怪我の具合は大丈夫ですか?
一度痛んだのに、また術を使ってましたし…。

魔術師

俺は別に。一度痛みがわかってれば耐えられるだろ。

魔術師

それよりあんたに聞きたいことがある

ミオラ

魔術師

俺がシャドウに襲われてから気を失ってる間、ヤブに何か不当な取引を求められたりしなかったか。

ミオラ

??
すみません、言ってる意味がよく…。

魔術師

俺の命やミオラの命を盾に、シャドウの討伐を強制されなかったかって

ミオラ

あぁ、それはないです!
シャドウの討伐に協力したのも私の意志ですし…。
ヤブさんも魔術師さんが気絶している間、ちゃんと容態をみていましたよ。

魔術師

…そうか

ミオラ

何か気になることでも?

魔術師

あんた、怪我しただろ

ミオラ

え?
…あぁ、腕の傷の事ですか?

ミオラ

あれは私が後れを取ったからですし、魔術師さんが気に病むことじゃないですよ。

魔術師

初撃でケリがついてれば負わなかった傷だろ。
それに…あんたが負傷したことに気づいたのは、決着がついた後だった。

ミオラ

うーん…。でも魔術師さんは魔術に集中してたわけですし…仕方ないことじゃないですか?

魔術師

そうだが…

ミオラ

???

魔術師

……。

魔術師

お前 俺の事好きなのか?

ミオラ

は?

魔術師

……………………。

魔術師

……いや、いい。答える必要は。
どっちだろうが別に変わらない。

魔術師

あんたはこれから、ここ数日の出来事を忘れるんだからな。

ミオラ

!!

黒の書

いつの間にか魔術師の手の内に収まっていた
黒の書の存在に気が付き、
ミオラの表情が強張る。

異様な存在感を伝えるように、
魔術師に落ちる影から さらに別の影が、
ミオラに向かって伸びていく。

魔術師

混乱するようなヤな事は消えて、クルムラドの冒険者に成る目的を果たせる。 何の問題もないだろ。

ミオラ

そんな、どうして魔術師さんが影を…!?

魔術師

俺がいなくてもうまくやれる。達者でやれ―――

黒の書

*バチィッ*

魔術師

は?

ミオラに近づき、その輪郭へ
覆い被さろうとしていた『黒の書』由来の『影』は、
突如として何かに弾かれたように霧散した。

こんなことは今まで無かった。
もう一度顕現させようとしても、
影は一向に現れる様子がない。

その瞬間から目を閉ざしたままでいたミオラも、
おずおずとその瞼を開く。

ミオラ

…………?

ミオラ

あれ、さっきの影は…?

魔術師

嘘だろ、こんなこと一度も…タリスマンか?でもそれなら魔衣が見えるはず―――

ミオラ

あの……

ミオラ

嘘だろう、って…こっちの台詞なんですが!!?!

魔術師

ぐえッ

ミオラ

もーだめです無理です限界です!!!

ミオラ

なんなんですかあなたたち本当に?!
ヤブさんも魔術師さんの部屋に行く前に似たようなことしてきましたし、魔術師さんのこと忘れて問題ないってそれ私じゃなくて魔術師さんの妄想ですしそもそも頼んでないですし私は大問題なんですけど??!!

魔術師

(ガチ締めじゃねーか 死ぬ、死ぬ!!)

胸倉をきつく締めあげられながら大声を浴び、
意識が遠のき始めた…頃に、ミオラの手が離された。

ミオラ

あー、あー、ストリィさんの言ってたことがやっっっとわかりました!
人の記憶を勝手に消してこようとするなんて…しんけー魔術師ってほんとにロクデナシなんですね!

魔術師

(何も言えねぇ)

ミオラ

いくら神経魔術師でも、魔術師さんはそういうことはしないって、私―――

ミオラ

……。

魔術師

…………。

魔術師

(…が、何も言わないわけにもいかねぇ)

あー…

魔術師

勝手が過ぎた。
怖がらせて悪かった、本当に。

ミオラ

…………。

頭を下げる魔術師を見下ろしたまま、
互いに閉口しあい、沈黙が流れる。

先に口を開いたのはミオラだった。

ミオラ

……なんで

ミオラ

なんで魔術師さんは、私に忘れさせようとしたんですか

魔術師

なんでって…

理由を尋ねられて面を上げるが、
いたたまれない心地だ。

こちらに向けられた視線を避けるように
魔術師は傍らを見た。

魔術師

……普通、行きずりの義理だけで、ここまで得体のしれない危険に付き合わないだろ。
この先吸血鬼と交戦するなんて以ての外だ。

魔術師

そうさせてるのが、俺がミオラを森で助けたことが理由なら…… そんなのは雛の"刷り込み"だ。枷は、さっさと取り払ったほうがいい。

ミオラ

………………なるほど。

ミオラ

とりあえずよかったです。
私が足手まといになったわけじゃなくて。

魔術師

守ってもらっておいて足手まといも何もないだろ。

ミオラ

なら、今まで通りでいいですよね?
ヒソゥでの約束のままなら、足手まといになったらお互い様ですから。

ミオラ

心配されなくても、本当に困ったら自分で身の振り方を考えますよ。 私は『雛』じゃありませんので!

魔術師

…………。

そう言いながら、ミオラは魔術師に向けて手を差し出す。

和睦の証か、はたまた別の思惑か。
魔術師は意図を読みあぐねたが、
加害側であるこちらが振り払う理由はなかった。

差し出された右腕に続く
包帯の下の傷を慮りながら、
小さな力でその手を握り返した。

魔術師

…悪かった。
互いに必要な間は、よろしく頼む。

ミオラ

はい!

ミオラ

ところで思ったんですけど…

魔術師

!!!!

魔術師

(どうするもしなんで好きか聞いたのかにツッコまれたらいくら動揺を誘うためとはいえ絶対他にいくらでも選択肢あったろなんであんなこと言ったんだ俺 しかもあれで思いっきり滑ったしなあーあー思い出したらなんか泣きたくなってきたこういう時に酒いれるんだろうな 現実逃避してる場合じゃねーなんでもいいから言い訳考えろ)

ミオラ

魔術師さんがさっき出してたあの黒い…本?
それとも影…でしょうか。

ミオラ

魔術師さんがヤブさんのシャドウにやけに狙われてたのって、あれが関係してるんじゃ…?

魔術師
魔術師

…そうかもな――