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0話 或る魔術師の記録(3/4)
っでぇ!
地面へ強かに落下し、
身体全体に鈍い衝撃が走る。
しばらく咳き込んでいたが、
骨が折れた様子がないことに安堵した。
……っ、はぁ―――
(そこまで深くなかったのは、不幸中の幸いか…)
おい、依頼主!次期領主!
聞こえてたら返事しろ!
それなりに声を張ったつもりだが、応えはない。
(…どころか、そもそも声が響いてねぇ。
妙な場所に落ちたな)
光源がまったくなく、
見渡す限りの闇が支配している。
先ほどまでいた空間の狭さを考えれば、
声が全く反響しないのは不気味だった。
状況を把握すべく、
明かりを灯そうと試みる。
短く詠唱し、光を生成した矢先だった―――
眼前にそびえ立つ石像の、
振り上げた得物の刃先が
照り返して見えたのは。
―――ッ!
死を直感し、全身の肌が粟立つ。
気がつけば咄嗟に地面を蹴って
一撃を躱していた。
ただの重たい石塊であるはずの像が、
えぐれた地面から斧を引き上げて
こちらに向く姿が映れば、
魔術師は絶句する他なかった。
(…効くかわからねーが)
危害を加えられたなら、
反撃するのは道理である。
得意の攻撃呪文を唱え、
生成した光球に意識を向ける。
それはたちまち鋭い形に波打ち、
青き閃光へと変化した。
その稲光を、
緩慢に動く石像向けて奔らせたが―――
…………。
効いて…なさそうだな。…っと!
攻撃を与えられようと、
先程と同様に石像に斧を振りおろされ、
注視して躱す。
それでも石像は
またこちらへ間合いを詰めてくる。
真っ二つはゴメンだ。
魔術師は走り出した。
(避けられねーことは無いが、
このままじゃ埒があかねぇ!
四六時中この調子じゃ休めねーし…、
ようはこっちの体力が尽きたら終いって仕掛けだろ)
(一番マシそうな雷属性をぶつけてこれじゃ、炎や氷も通らなそうだし…風は論外だな。 ハズレを打って走る体力を無くしたら終わり…。下手な消耗もできねぇ)
こういう時に気を引いてくれる仲間がいれば
魔術師の自分は楽ができるのだろうが…
今 無い物ねだりをしても仕方がない。
背後に石像の気配を感じながら考えを巡らせる。
…………。
(…そもそもここは"あの本"に記された呪文で入れた遺跡だ。
それなら―――)
一つの可能性に思い至り、
徐々に速度を落とす。
向けていた背を翻して石像を見据えた。
―…、
動きを止めた標的を捉えんばかりに
石像は斧を構えながら魔術師に肉薄する。
しくじり、少しでも遅れれば
先程見た一太刀を一身に受けることになる。
それでも冷静に努め、呪いを唱え始める―――
番人を象りし主なき石塊よ、
神経魔術師の名の下に命ず―――
我に従え!
!!
術が成功したのだろうか。
斧を振り下ろす寸前で、
石像はぴたりと動きを止めた。
…蛇の道は蛇、か。
前方に構えていた杖を、
ゆっくりと、自らの首元へ当てるように動かす。
石像も鏡のように、同様の動きをする。
*ガキン*
魔術師の杖が首に当たるよりも先に、
斧が石像の首に触れた。
…………。
そのまま押し込めば、
どういう仕掛けか、
刃先はバターを切り分けるように
首筋へみるみる沈んでいく。
やがて石像の胴体と頭部が分かたれ、
術の束縛なしでも動かなくなった。
―――ふ~…。
危機が去ったことを認めると、
集中を解いてため息をつく。
噴き出していた汗を自覚し、
じっとりと張り付く衣服が不快だ。
片膝を立てて座り、休息をとることにした。
この後どう帰還したものか、
頭の角で考えながら。